親によって人生は決まるのか?人の運命と努力の本質

 

どうも、「慶應出てもバカはバカ」でお馴染みのあおのひとです。
今回は、少し人生について考えてみたいと思います。

私は片田舎の決して裕福とは言えない家庭から、高校卒業後2年のブランクを経て、
慶応義塾大学に進学しました。
そこで衝撃を受けたのは同期の人たちとの家庭環境の差です。
私は今まで普通の家庭で育ったと感じていたものが、根底から覆されるほど、周囲の家庭環境や、能力に格差を感じました。
そんなわけで、今回は自分では選べない家庭環境や人生について、思うことを書いていきます。

慶應生の親はだいたいこんな感じ

大学に入学し、育ちのいい同級生を目の当たりにして、私は様々な格差を感じました。皆、一様に高いレベルの教育を受けており、それは各個人の振る舞いから自然と溢れてきます。金持ち喧嘩せずという言葉の通り、非常に人として洗練されており、社交的なひとが多かったです。聞けば、親は弁護士や医者というのは当たり前で、中小企業の社長から、政治家まで普通にいました。私のように地方公務員の子供として生まれたひとは周りにはおらず、最低でも有名企業の会社員とかでした。どちらかというと会社勤めより、フリーランスな仕事をしている親を持つ子供が多かったような気がします。やはり、自分でお金を稼ぐ力があるひとというのは、優秀ですから、子供にもその能力が受け継がれているのでしょう。

親から子へ遺伝するもの

 

親から子供へ受け継がれるのは、容姿などだけではありません。もっとも大きいのは能力でしょう。これは努力次第でどうとでもなると言いますが、敢然たる事実だと思います。もちろん、個人の考え方、価値観、そのようなものは環境や個人に由来するものですが、トンビがタカを生むようなことは、比較的少ないと言えます。ある分野で社会的に成功している親の子供は、その分野の能力を直接的に受け継がなくとも、別の分野で成功を収めることが多々有ります。例えば、著名な作曲家である冨田勲の息子、冨田勝は慶應義塾大学教授として、生物分野で社会的な成功を収めています。

環境に依存する反骨心

一方で、親が全くの普通の人生を歩んでいても、子供がその姿を見て疑問に抱くことで、成功への大きなモチベーションを持つこともあります。元ライブドア社長堀江貴文さんはその代表的な例でしょう。堀江さんの家庭環境からは、決して堀江さんのような型破りな生き方に理解があるとは言いがたいように思えます。しかし、堀江さんは自分自身の力で上京し、起業し、時代の寵児となりました。サイバーエージェントの藤田さんも、福井県鯖江市という田舎に育ち、サラリーマンである父の姿を反面教師に、起業の道に進みます。彼らは決して恵まれた家庭環境で、型破りな教育を受けたわけではなく、自分自身で考え、道を切り開いて行きました。むしろ、彼らのような型破りな起業家を教育によって生み出すことは難しいでしょう。家庭や親に関係なく、成功を収める彼らは、私のような一般家庭に育ったものにとっても、希望のような存在です。

結局、自分次第だけれども

つまり、結局のところ、親や家庭環境がどうであれ、成功するひとは成功し、そうでないひとはそうでない人生を送るわけです。私の場合はどうでしょうか。ニートのような状態から慶應大学に入ったはいいものの、中退するする言いながらずるずると4年間を過ごし、あっという間に25歳になってしまいました。ホリエモンも藤田さんもこのころにはすでに起業していました。私と同い年でSFCに入学したdely株式会社の堀江裕介さんは、クラシル事業を急成長させています。

大学がどうとかは一切関係ないですね。やはりその人次第。ただし、能力差はあります。大学がいくら立派でも、それはたった数時間のぺーぱーテストの結果であり、能力の反映とはいえないでしょう。どれだけ人を巻き込んで、行動できるか。このような能力は紙の上では測れませんし、教育でどうにかなる問題でもないでしょう。私はADHDですが、同様に発達障害でも行動力があり、人を巻き込んで起業する方は大勢います。自分の無力さをこの数年間で、まじまじと実感した私ですが、行動力に関してはやるかやらないかしかありません。ということで、ある意味能力が低くとも、やればなんとかなるふしはあるわけです。

人生は決まっているのか?

とある講義でおっしゃっていたことですが、教授曰く、ヒトゲノムによって生まれながらにして人生はある程度、解明できるそうです。オリンピック選手になれるかどうか、頭がいいかどうか、能力もゲノム解析で判別できるというわけです。ある意味、あらかじめ遺伝子によってそのように定められているのですから、才能というのは恐ろしいものです。では、それに対して努力をすることは意味がないのでしょうか。個人的には、決してそんなことはないと思います。しかし、努力ですらできるひととできないひとがあらかじめいるわけで、そういう意味では人生はすでにきまっているのかもしれません。しかし、私たち人間は、柔軟な脳という武器を持っています。いつでも各人の出会いによって、価値観を変容させていくことができる変化に対応できる脳を持っています。そもそも、人生は一度しかありません。私は何もできないと諦めてしまっても、運命に抗っても、自由なのです。結局同じ結果だとしても、その過程はあなた次第です。で、あればあなたは諦めますか?運命に争いますか?結果が失敗だと決まっているのなら、むしろ好きなように生きたほうがいいと思うのは、私だけでしょうか?人生を決めるのは、いつでもあなた自身です。とことん人生を楽しみ、運命線を変えてみるのはいかがでしょうか。

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crelife

北海道生まれの25歳住所不定無職。慶應義塾大学卒業。元広告会社社員。入社7ヶ月で退社。田舎フリーランス養成講座(いなフリ)12期生/ジーズアカデミーdev9期生/太田プロダクションエンタテイメント学院6期生(芸人養成所)/元ガールズバー店員/23歳までに芥川賞取る計画が失敗し就職するも無職へ/社会を新しく築くために生きることを決める。

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