そんなに大企業に就職したいの?社会不適合者が就活で絶対にやってはいけないコト

どうも、慶應卒エリートサラリーマン、あおのひとだよ。
っていうのは冗談ですが、2浪1留コミュ症の僕は就職活動に大変苦労はしたものの、なんとか大企業のとある子会社におります。
今回は、そんな世間的には順調な社会人1年目を歩んだように思われる、私の就活について振り返ってみたいと思います。

誰でもサラリーマンにはなれる、選ばなければ。

正直言って私は、相当な社会不適合者です。小学5年生の頃に、「あ、俺サラリーマン無理だわ」と感じてからずっと、サラリーマンには絶対なりたくないと考えて今日まで生きております。
しかし、現在私は、「サラリーマン」を名乗り、まとまな社会人のフリをしています。
普通の交友関係もまともに築けず、恋愛もろくにしていない私が組織で働くなど、とてい無理なわけですが、こうして曲がりなりにも今、サラリーマンをしているので日本でサラリーマンになることは相当なハードルの低さだということがわかります。
まあ、選ばなければ、どこでも人手不足ですし、なれますよ、サラリーマン。サラリーマン以外の道に進むほうがよっぽど難しいです。

そもそも就活をまともにしてない。

そんなわけでサラリーマンになるつもりはなかったものの、無能な私はそれ以外の道に進むこともできず、流されるように就活をしました。というか、私のような社会不適合者が就活でどこかに受かるのか?という一種の実験として、就活をしてみることにしたわけです。
しかし、一般的な就活は一切せず、私が行ったのは、ただ就職サイト経由で企業に応募することのみでした。

いや、それ一般的じゃん!って思う就活生がいたら、残念。もう少し、就活マニュアルを読んで一般的就活を覚えましょう。(覚えなくていいですし、マニュアル読んでたら全力で捨てさせます。)
「普通」の就活生は、ただ応募するだけでなく、合同説明会!に行ったり、OB訪問!に精を出したり、就活ネタになるようなボランティア活動!をしたり、自己分析!をするのです。

自己分析は別として、他の就活のための努力というものは一切放棄して、私はただ「ありのままの私を見て!ねえ、見て見て!」って思っていたので、ただひたすらESを出してお祈りされる日々を過ごしました。そもそも、自己分析とか、「毎日してるよ!俺うつだよ!?毎日自分を見つめ直して死にたくなってるよ!」って感じだったので、業界問わず、めちゃめちゃ適当に応募してましたね。今かんがると、相当やばいタイプの就活生です。よく内定もらったな、と今は思います。

最終面接で落ちまくる。実はそれが、一番やばい。

いろいろ紆余曲折な就活もといES応募生活を送っていた私ですが、就活終盤になると持ち駒もだんだん減っていき、焦っていきます。それでも、いくつかの企業は最終面接まで進んでいましたので、まあ、なんとかなるっしょ!と思っていました。しかも、その企業はどれも超一流企業。そもそも私は価値観からして大企業に全くそぐわない人間なのですが、これも一種の実験だと思って、かなり自分を大企業寄りの人間に偽って面接に臨んでいました。これは本当によくないことです。絶対に、真似しないでください。もし自分を偽っても、たいていはバレて落とされるので問題はないですが、運悪く受かってしまった場合は、最悪です。入社なんかしてしまったら、もう悲劇でしかありません。偽りの自分を押し通せるわけがなく、自分と全く合わない環境にいることは、会社にも自分にもデメリットでしかありません。絶対にやめましょう。

最終面接まで進んだ企業は例えば、以下の通りです。

  • 大手携帯通信会社N
  • 世界的ゲームメーカーN
  • 世界的ゲームメーカーSE
  • 大手コンサルティング企業A
  • 大手映画制作会社T
  • 大手新聞社S

etc・・・

就活生の中には最終面接まで残った数をアピールする残念な人がいますが、それは大きな間違いです。

詳しくはこちらの記事を御覧ください。

ここまでお話すれば、「1次落ちには希望がある」という私の真意をおわかりいただけたと思います。1次面接で落ちるのは、伝え方が下手なだけかもしれません。この連載を読み返すなどして、きちんと答えるテクニックを身につけるだけで、再挑戦すればすんなり通ったりもするんですね。また、逆説的ですが、「2次落ちも幸いである」ともお伝えしておきます。なぜかというと、2次面接で落ちるのは、人物像のタイプが会社に合っていないというミスマッチが原因です。まかり間違って入社して、活躍できなかったり、苦しんだりするリスクを回避できたわけです。すっぱりあきらめ、方針転換するのが上策でしょう。

最終落ちはなかなかつらいものがあります。タイプは合っているけど、レベルが合格ラインに届かなかったということだからです。残念な気持ちはわかりますが、人材のレベルに至るまで精緻に見定められた上で落とされたということは、「決定的にダメ」であるともいえます。「最終までいけたんだから、就職浪人してもう1回受けよう」なんて学生の話も聞きますが、絶対にやめたほうがいいと私は思います。

最終面接に落ちるほうが、ESで落とされるより、望みが薄いです。逆立ちしても、その企業に入社することはできないでしょう。すごく仲良くなった異性に告白して失敗したら、あなたはどのように思うでしょうか?
まだ、望みはあるかもしれないと思ったあなたは、おそらく相当モテないタイプだとお察しします。じっくり見極められて落とされた分、可能性はもはや0なのです。

某大手ゲームメーカーN社の最終面接不合格体験記

 

私は大手ゲームメーカーN社のゲームプランナー職の最終面接まで残りました。
ここまで残っているのはおそらく2〜3人程度だと思います。
応募人数で言えば1万人は優に超えるとも言われており、東大や京大生でもESで落とされるのが当然という世界です。
そこで、あと1人のところまで残ったのですから、なにか光るものがあったの「かも」しれません。(もちろん、そんなものはありません。うぬぼれてはいけません。)

詳しくは後日述べますが(述べていいのか?)、N社の最終面接では7~8人ぐらいの面接官に矢継ぎ早に質問を受けます。それがなんと40分も続くのです。質問に答えられなくとも助け舟などは出してもらえず、回答を出すまで、面接官はただひたすら待ち続けます。ここまで人を見てくれるのは非常に企業として立派だと思います。本気で受けているのかどうか、いったい何を考えているのか、私はN社に関しては嘘偽りなく受けてはいましたが、演技している人は化けの皮がはがされると思います。まあ、私ははがされた結果何もなかったので、落とされたわけですがw

というわけで、最終面接で落とされるのは、1時面接やESよりもよっぽど運の要素は低く、人間として何かがその企業の求める水準に足らなかったと、素直に認めるべきでしょう。私はプロから見てゲームクリエイターとしては、才能のない人間だと思われたわけです。

就活でしてはいけないコト

 

 もうお分かりの通り、就活でしてはいけないことは自分を偽ることです。 

企業に落とされるのは、あなたが人間的に劣っているわけでも、あなたに問題があるわけでもありません。単純に、その企業に合わなかった、それだけです。しかも、本当に合わないかどうかなんて、実際に働かないとわからないので、面接官の独断と偏見によって、向いてないと判断された、ただそれだけです。そこに対して必要以上に自分を追い詰めたり、落ち込む必要は一切ありません。もし、その企業に入社したとしても、お互いに不幸な結果になるだけです。企業も人も合う合わないはあるのです。
だから、自分を偽ることだけはやめてください。就活はゴールではありません。偽ったあとも、人生をその偽った自分を評価してくれた企業で過ごすのです。それであなたは仕事ができるでしょうか?幸せになれるでしょうか?よく考えてみれば、それはわかることです。

 

人間に能力の優劣は存在しない。

 人間は誰しも得意不得意があります。 イチローはヒットを打つ天才かもしれませんが、プログラミングはできません。野球の天才が、IT企業に入っても、お互いに不幸です。しかし、就活生は平気でそのようなことをやろうとします。皆、一様に大企業を目指し、就活に失敗し、自分の能力の低さに嘆いたり、落ち込んだりします。けれども、あなたが果たして大企業に運良く入ったところで、あなたは幸せになれるのでしょうか?大企業に入れば、地元の友達や親は評価してくれるかもしれませんが、同じ企業の中では、皆同じ企業なのであなたの仕事ぶりしか評価してはくれません。

もしそこであなたが全くやりたくもない仕事を任されたとして、あなたは評価されるほどの仕事が行えるでしょうか?大企業には、大企業の仕事があります。特に総合職で採用されれば自分のやりたい仕事をできることはほとんどありません。しかし、特に仕事にこだわりがなくオールマイティにそつなくこなせる人にとっては、そのような環境が逆に刺激となり、能力を発揮します。一方で、やりたいことにこだわりが強く、一つの能力に特化しているひともいます。おそらく大企業では前者のほうが、後者より評価されます。ですが、そのような人は前者に比べて能力が劣っているわけではありません。単純に、大企業という環境があっていないだけです。
野球のプロがサッカーチームに入っても、お互い不幸なわけです。企業はチーム名ではなく、自分の適性を元に決めましょう。そうすれば、お祈りされまくることは劇的に減るはずです。

 

必ず、あなたの居場所はある。

例えばあなたが就活生で、どんなに頑張ってもどこにも受からなかったとしましょう。あなたはもしかしたら、サラリーマンには向いてないのかもしれません。しかし、それがなんだというのでしょうか。サラリーマンは数ある生き方の一つでしかありません。社会不適合者というレッテルは、単にサラリーマン社会不適合者という意味でしかありません。

サラリーマン社会以外にも、この世界には数多くの社会が存在します。何もミュージシャンや芸能人のような秀でた才能を必要とされる世界ばかりでもありません。ブログで生計を立ててる人もいますし、パチンコで生きてる人もいます。生活保護で必死に生きている人もいます。無人島で自活しているひともいます。

そんな生き方はしたくない、自分は普通に生きたいんだ、と思うかもしれません。けれども、あなたが思い描いている普通は、あなたにとっては異常な世界でもあるのです。私は今、普通のサラリーマンを送っていますが、皆にとっての普通は私にとって異常でした。私は毎日、非常に違和感を持って、日々のサラリーマン生活を送っています。おそらく、多くの私の周りの普通の人から見たら、私は異常なのでしょう。これは単純に私にとって、この会社が合わないだけであり、私には別の居場所があるのだと思います。それはもしかしたら、ミュージシャンになることかもしれませんし、無人島で自活することかもしれません。

そうやって職を転々とし居場所を求めることを、批判する人もいます。たいていそういうひとはサラリーマンです。結局どこに居場所があるかわからなかった、そういう結果になると批判するひともいます。自分が何をしたいのかわからない、こうやって死んでいくひとは多いでしょう。でも、大抵そういうひとは、自分がどこでなにをするべきか、居場所をきちんと探さなかったひとです。どこかで妥協し、行動に移さなかったひとです。 あなたがもし、社会不適合者であれば、相当ラッキーです。自分で考えて、居場所を探し、見つけることができるチャンスが与えられたのですから。社会に程よく適合してしまったほうが、よっぽど悲劇だと思うのは私だけでしょうか。 

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あおのひと

1991年、北海道生まれ。2011年、上京。2012年、慶應義塾大学入学。在学中より会社員以外の働き方を模索し、様々なアルバイトやプログラミングスキルを学ぶ。2014年には芸人を目指し養成所に入るが、コンビ解散。大学卒業後、ガールズバー店員などを経て現在、サラリーマン1年生。

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