あなたは一生サラリーマンでいいの?転職=転社ではない!サラリーマンから転身した人たち

どうも、会社をやめたくて仕方ないあおのひとです。

 

会社に入って半年、実は先月私は会社に退職したい旨を伝えました。ところがなんやかんやあり(つまり引き止め)、私も色々と躊躇した結果、いまだ会社をやめずに過ごしております。今は有給休暇中なのですが、もう会社に行きたくなさすぎてこのままばっくれそうな勢いです笑
そんなこんなで今回は会社をやめた人たちに焦点を絞って書いてみたいと思います。

 

会社を辞める=転職=転社ではない

 

みなさんは会社を辞めることに対してどんなイメージを持っていますか?会社を辞めるというと、次の会社は決まっているのかとすぐに言ってくる人がいますが、私には全く理解できません。一体何にとらわれているのでしょうか。彼らには会社に雇われる以外の生き方は存在しないのでしょうか。
何度も述べていますが会社に雇われるという生き方は数ある生き方の中で、ごく一部のものであり、全く一般的とは言えなくなりつつあります。
もちろんサラリーマンとして生きる人が圧倒的に多いのは事実ですが、会社員以外の生き方はさまざまあり、サラリーマンはあえてサラリーマンという極めて不自由な環境に身を置いていると自覚したほうがいいでしょう。

 

昔は自営業のほうが多かった

 

そもそも日本型のカンパニー式雇用が生まれたのは戦後高度経済成長の時代です。それまではサラリーマンという生き方よりむしろ、自分たちで事業を営む自営業のほうが一般的でした。サラリーマン以外の道というとアーティストやタレントなど特別な才能を持った人たちを想像しがちですが、全くもってそんな才能とは関係なく自営業として生きている方は今も昔も大勢います。八百屋さんになるのに才能がどうとか言うひとはいないのに、ブロガーになるのに否定的なひとがいますが、極めてナンセンスだと思います。現代では売っているものが野菜や家電製品から情報に変わっただけで、本質は変わりません。しかも八百屋さんや電気屋さんと違って設備投資がほとんど不要なわけですから、ブロガーは現代では極めて参入障壁の低い自営業です。ノーリスクハイリターンが見込めるので、みんないますぐやりましょう。

やりたいことがみつからなかったら、とりあえず金を貯めろ

 

スガシカオさんは大学卒業後、製作会社のサラリーマンとなり4年間勤めていたそうです。仕事は順風満帆で、給料もそこそこもらっていたようですが、ミュージシャンになるために会社を辞めています。そんなスガさんが言った名言が、タイトルの「やりたいことがみつからなかったら、とりあえず金を貯めろ」です。
スガさんは100万円を貯めて会社を辞め、2年間はアルバイトを一切せずに曲作りにひたすら没頭したそうです。もし100万円がなかったら、そもそも曲すら作っていなかったと述べていますから、やはりお金というのは非常に重要であることがわかります。だいたいにおいて人間の行動を縛るのはお金です。やりたいことが見つかっても、お金のせいでそれを躊躇してしまっては非常にもったいないです。人生というのは1度きりであり、無駄にして良い時間はないのです。無駄にする時間を少しでも減らし、やりたいことに躊躇なく進むためにも、お金を稼ぐことは非常に重要だと言えるでしょう。

・年齢や経験などで自分に限界を作らない
人は色んな言い訳を作ってすぐに限界を作りたがる。それはできない理由を自分に納得させるという非常に勿体ない行為だ。人生は情熱的に生きることで、様々な壁を打ち破ることができる。限界があったらそれを打ち破ることが何よりの幸せな筈なのに。限界を考えるより、どうやったら達成できるかをひたすら考えることが大事だ。

・どんなに迷っても最後は自分を信じる
スガシカオは曲を作りながら、「自分は天才だ」という気持ちと、「もうだめかもしれない」という気持ちが交錯していた。だけど最後に自分は天才だと本気で思い込むことができ、迷いを吹っ切れることができた。

自分とは一生付き合っていかなければいけない。自分の力を信じなくて一体何を信じろうというのだ。信じることはどんな状況、環境でもできる。自分に言い訳は一切通用しない。自分を信じるからこそ、困難な状況で、驚くほどの解決策が見つかる場合も多い。

・お金よりも生きがいを大切にする
スガシカオは仕事が嫌になったからミュージシャンに転職したわけではない。むしろ、仕事は充実しており、けっこう責任あるポジションでバリバリとやっていてお金も稼いでいた。仕事を辞めて音楽活動をしても、当初は全く稼げなかっただろう。いくら曲を作って、歌ってもお金が入れない生活は本当に苦しかったと思う。

しかし、音楽こそ天職と思い、自分の才能にアクセスし開花させることができた。そして数年後に大きなお金を手にすることができた。目の前の生活費を稼ぐことばかり考えていては、このような大きな仕事はできない。一生やっていきたいと思えることを仕事をするには、お金のことより自分の才能と向き合うことが大事なんだと痛感した。

以上のようにスガシカオの転職には3つのことが学べたが、これはサラリーマンからミュージシャンへの異色の転職だったからではない。転職活動する上で欠かすことができないマインドセットがあったからだ。

転職活動するあなたが、このようなマインドセットで取り組めば必ず転職活動は上手くいくだろう。
ちなみにスガシカオのプロモーションをしたマイナビの人材紹介もあるので活用してみるのも良いかもしれない。30代からのサバイバル転職

サラリーマンを辞めて、サラリーマンにならなかった人々

前職 有名人データベース

■前職(1980年代誕生)

□天明麻衣子(1989年誕生)

・JPモルガン投資銀行本部

□佐々木希(1988年誕生)

・販売員(18歳まで、地元のファッションビル)

□平岡佐智男(コーヒールンバ)(1982年誕生)

・タリーズコーヒー店長(店舗最高売上を更新、「アイスエスプレッソ」を発案)

□ジェロ(1981年誕生)

・英会話学校講師(8ヵ月、和歌山)

・コンピュータエンジニア(大阪)

□亘健太郎(フルーツポンチ)(1980年誕生)

・航空自衛隊(5年間在籍、地元の友人に誘われて入隊、

航空自衛隊養成学校を主席で卒業、青森・三沢基地勤務、

戦闘機にミサイルを積む仕事をしていた)

□壇蜜(1980年誕生)

・和菓子工房(あんこを練っていた)

・有名企業の受付嬢

■前職(1970年代誕生)

□斎藤司(トレンディエンジェル)(1979年誕生)

・広告会社

・楽天

□綾部祐二(ピース)(1977年誕生)

・地元の椅子工場(高校卒業後2年間、工場のアイドル的存在だった)

□小渕健太郎(コブクロ)(1977年誕生)

・白アリ駆除の営業マン(約4年間、関西トップの成績を取った)

□テキサス(弾丸ジャッキー)(1977年誕生)

・自衛隊(レンジャー部隊所属)

□庄司智春(品川庄司)(1976年誕生)

・サラリーマン(高校卒業後1年間、会社に馴染めずなくてよくトイレにこもっていた)

□天達武史(1975年誕生)

・ファミリーレストラン(海のそばの店、9年間勤務、

無駄のない食材発注の為に毎日天気予報をチェックしていた)

□武田双雲(1975年誕生)

・NTTの営業マン(大学卒業後約3年間、法人営業部所属)

□中村俊介(1975年誕生)

・家具屋(高校卒業後約1年間、前橋市、営業職)

□大宮エリー(1975年誕生)

・電通(CMプランナー、コピーライター)

□だいたひかる(1975年誕生)

・美容師(高校卒業後3年間)

□鈴木Q太郎(ハイキングウォーキング)(1974年誕生)

・スーパーマーケット(集団就職して4年間在職、精肉部のチーフになった)

□伊達みきお(サンドウィッチマン)(1974年誕生)

・介護用品販売会社「ジェー・シー・アイ」(93年から約5年間勤務、営業職、

朝8:30から深夜2:00まで働いていた、営業先の老人ホームのお年寄りに人気があった)

□設楽統(バナナマン)(1973年誕生)

・西武鉄道(半年間、小手指駅駅員、ホームのアナウンスにこっそりギャグを織りまぜていた)

□スギちゃん(1973年誕生)

・地元の結婚式場のフロント(高校卒業後2年間)

□野口健(登山家)(1973年誕生)

・テレビ制作会社(AD)

□安田顕(1973年誕生)

・地元の歯科医院(事務員、8ヵ月で辞めた)

□青木さやか(1973年誕生)

・岐阜放送フリーアナウンサー

・全日空客室乗務員

□SHEILA(1973年誕生)

・外資系会社(22歳から26歳頃まで、秘書と経理)

□友近(1973年誕生)

・道後温泉の旅館の仲居(大学卒業後1年間)

□有野晋也(1972年誕生)

・ホテルのコック(半年間)

□田村亮(ロンドンブーツ)(1972年誕生)

・スーパーマーケット(高校卒業後約1年半)

□中川礼二(中川家)(1972年誕生)

・リコー(高校卒業後、OA機器リースの営業で新人トップの成績を取る高給取りだった)

□ヒロシ(1972年誕生)

・保険会社(大学卒業後半年間、電話営業)

□藤井隆(1972年誕生)

・化学薬品会社経理部(高校卒業後約3年間)

□椿鬼奴(1972年誕生)

・ペットフードの輸入会社(友人の父親が経営)

□赤松クニユキ(1971年誕生)

・航空自衛隊

□小木博明(1971年誕生)

・旅行会社(高校卒業後約1年間、ハワイ勤務、バブル崩壊で会社が倒産)

□坂本昌行(V6)(1971年誕生)

・旅行会社(19歳の頃にジャニーズ事務所を辞めて就職、添乗員やねるとんパーティーの司会)

□塚地武雅(1971年誕生)

・仏壇屋(大学卒業後半年)

□矢作兼(おぎやはぎ)(1971年誕生)

・商社(高校卒業後、上海勤務で貿易関係の業務をしていた)

□阿部サダヲ(1970年誕生)

・家電量販店ラオックス(秋葉原、高校卒業後に就職、

接客が苦手だったのでよくサボって倉庫のおじさんと話をしていた)

□ウド鈴木(1970年誕生)

・肉屋(高校卒業後1年半、山形に本社がある肉屋の東京支社に勤務)

■前職(1960年代誕生)

□及川光博(1969年誕生)

・イベント制作プロダクション(大学卒業後、契約社員、イベントの進行台本をを書いていた)

□加藤浩次(1969年誕生)

・札幌の運送会社(高校卒業後8ヵ月、事務兼運転手、冬のボーナスを貰った翌日に辞めた)

□福山雅治(1969年誕生)

・地元の電機会社(高校卒業後約4ヵ月、営業職)

□山口智充(1969年誕生)

・大阪の家電販売店「マツヤデンキ」(優秀社員賞を貰った)

□岡田圭右(1968年誕生)

・文房具メーカー「クツワ」(専門学校卒業後9ヵ月、鉛筆削りの営業を担当)

□佐々木蔵之介(1968年誕生)

・広告代理店(大広)(大学卒業後約2年間、劇団とかけもち、

仕事中に資料室で劇団の台本を読んでいた、役者に専念する為に退社)

□佐藤弘道(1968年誕生)

・世田谷区教育委員会の教育指導員

・プール指導員

・中高連のスポーツインストラクター

・実家の焼鳥屋

□コージー冨田(1967年誕生)

・トヨタ自動車の関連工場(5年間)

□原晋(青山学院大学陸上競技部監督)(1967年誕生)

・中国電力社員(〜04年)

□坂本冬美(1967年誕生)

・紀州梅干し(高校卒業後、梅干し検査室勤務、白衣を着て塩分や酸味の検査をした)

□スガシカオ(1966年誕生)

・イベント制作会社(大学卒業後4年半、

新入社員時代に先輩の小間使いや宴会の盛り上げ役などを経験、

アイドルの付き人や音楽番組の裏方を担当、月200時間残業するハードワーカーで出世頭、

顧客に覚えて貰うためにモヒカン刈りでゴールドやオレンジのスーツを着ていた)

□彦摩呂(1966年誕生)

・デパート(高校卒業後10ヵ月)

□江角マキコ(1966年誕生)

・実業団(JT)のバレーボール選手(アタッカー)

□大桃美代子(1965年誕生)

・埼玉銀行(大学卒業後1年間)

・イベント企画会社

・損害保険の代理店

□竹内力(1964年誕生)

・三和銀行淡路支店(高校卒業後2年半)

□磯野貴理子(1964年誕生)

・銀行(高校卒業後3年間、窓口業務)

※100万円の札束から指定された金額を誤差1〜2万円の確率で一瞬で抜き出す事ができる

□エド・はるみ(1964年誕生?)

・パソコンインストラクター会社経営(96年から10年間、銀座に事務所兼住居を借りていた)

□高島礼子(1964年誕生)

・横浜の自動車会社(高校卒業後3年間、総務部総務課)

□勝村政信(1963年誕生)

・スポーツ用品店の問屋(高校卒業後2年間勤務、叔父が働いていた店)

□木村祐一(1963年誕生)

・ホテルマン(ウェイター、ルームサービス)

・染め物職人(月給80万円)

□田中要次(1963年誕生)

・旧国鉄職員→JR東海社員(高校卒業後〜27歳まで)

□松重豊(1963年誕生)

・石職人(一時役者をやめていた時期に1年半)

□香西かおり(1963年誕生)

・太陽神戸銀行船場支店(高校卒業後半年間)

□木梨憲武(1962年誕生)

・ダイハツ自動車(4ヵ月)

□石橋貴明(1961年誕生)

・ホテル「センチュリーハイアット」(高校卒業後4ヵ月)

□江川達也(漫画家)(1961年誕生)

・公立中学校の数学教師(5ヵ月間)

□清水圭(1961年誕生)

・京都のアパレルメーカー(大学卒業後1年半)

□キムラ緑子(1961年誕生)

・学習塾講師(大学卒業後3年間)

□東ちづる(1960年誕生)

・ソニーのOL(短大卒業後4年間、販促イベント企画・VTR作成などを担当)

□野田聖子(1960年誕生)

・帝国ホテル(史上初の女性営業部員、新入社員時代に研修として素手で客室の便器掃除をした)

The following two tabs change content below.

crelife

北海道生まれの25歳住所不定無職。慶應義塾大学卒業。元広告会社社員。入社7ヶ月で退社。田舎フリーランス養成講座(いなフリ)12期生/ジーズアカデミーdev9期生/太田プロダクションエンタテイメント学院6期生(芸人養成所)/元ガールズバー店員/23歳までに芥川賞取る計画が失敗し就職するも無職へ/社会を新しく築くために生きることを決める。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です