【SNSノススメ】いいねの数じゃない。情報発信とは自分が何者かを明確する作業

大学1年生の頃、ある出来事をきっかけにtwitterを辞めた。
それ以降は知り合いのtwitterを見ることも、発信することもなくなったし、facebookも必要最低限以外は開かなかった。
特に私がいた大学(SFC)はツイ廃の溜まり場のような場所で、授業中の発言さえもtwitter経由でなされたり、授業で頻繁にfbグループを活用するような環境だったから、私は非常に大学というコミュニティから阻害された存在になっていたと思う。

就職してからはいろいろなフラストレーションがたまり、まずは個人ブログ、そしてtwitter、このブログを立ち上げ、毎日ではないけれども、徐々に情報を発信するようになった。そうして数年ぶりにやってみると情報を発信することの重要性をひしひしと感じるようになった。

 

学生時代、SNSから極力逃げていた理由

 

私はたいした人間でもないのに自分の感情や日常生活を発信することに価値はないと感じ、学生時代、極力SNSでの情報発信をしなかった。
私に関心のある人間はいないし、そもそも発信するような価値あるものを人に提供できないとどこかで感じていた。
特に自分のプライベートについては一切開示したくなかった。
私にはインスタグラムにあげるようなリア充な写真が写す生活などは存在していなかったし、ほとんど引きこもりニートのような生活を送っていたので、そのような存在を他者に知られ蔑まれるのが恐ろしく怖かったのだ。
そしてなにより、自己肯定感が異常なほど低かったので、自分が情報を発信することに価値はないと感じていた。
いつかtwitterなんてほろびると思っていたし、SNSブームは長く続かないことを願っていた。
しかし、実際はSNSは完全にインフラとして社会に根付いた。
やがてtwitterやfacebookがほろびたとて、それに代わる新たなツールが生まれることは必然だろう。

何かを誰かに伝え、残すこと=自分の考えや自分という人間を知ること

 

最近SNSへの投稿を再開して思うのは、情報を発信することは自分という人間を本質的に理解することにつながるということだ。
情報とは決して外部から得るものではなく、常に内的なものだ。
たとえ一次情報を外部から得たとしても、まずは自分の中に取り入れなければ発信はできない。
つまり外部に発信した時点で初めて情報は自分の中に取り入れることができるのである。
しかもその情報は自分の考えや見方が入った自分オリジナルの情報であり、発信することで自分という人間の考えや見方が見えてくるのだ。
そして自分が発信した時点での考えや価値観と今の自分との違いを、タイムラインの流れでビジュアル的に理解することがSNSで発信することで可能となるのだ。
そういう意味でSNSとは革命的なツールであり、これを活用して常にインプットとアウトプットを繰り返している人間とそうでない人間の間には、圧倒的な生産性の差が生まれるのだ。

 

いいね!の数を競うことが価値ではない。

 

私がSNSでの投稿を控えていた理由のもっとも大きな理由はいいね!機能である。
私はfacebookでたぶん200人ぐらいの「友達」がいるが、そのほとんどが一見しかあったことのないひとやプライベートでの絡みがいっさいないひとだ。
そもそも私はプライベートで友人と呼べる人間がほとんどいない。
今までの人生でそうなのだから、おそらくこの先もずっとそうだと思う。
それは私という人間の持つ本来的な性質であるので、まったく気にしてないというと嘘になるが、さほど問題だとは思っていない。
ただやはり人間というのは弱い生き物で、だれからも関心を持たれていない事実を目の前で突きつけられると悲しいものだ。
だからいいね!の数が0という状況がとても怖くて、私はfacebookへの投稿を極力避けてきたし、投稿してもすぐ消すようにしている。

しかし、いいね!の数がどうとかいうのとSNSに投稿することは全くもって関係することのない行為であると気づいた。
SNSへの投稿とは情報を自分ゴト化することなのだ。
自分が何者か知ることがまず重要で、そこへの共感や反応を見ることは二次的な要素でしかない。
そこで大きな共感を得られることと、価値ある情報かどうかはニアイコールではあるかもしれないが、自分という人間の価値を自分でしっかり理解していれば、自己肯定感を損なう必要はない。
情報を発信することは自分を理解することほかならないし、自分主体で考えれば、何も臆する行為ではない。

商売としてのSNSと自分SNSはちがう。

そもそも他者が求めるもの=いいね!をあつめるものと、自分を知るSNSは全く性質が異なる。
もちろん共感を集められるようなライフスタイルを送るひとは積極的にSNSに自己開示していけばいいと思うし、そういうひとは心底羨ましいなーと思う。
けれどもいいね!を集めるために自己を変える必要は全くない。

いいね!を集めることが目的になってしまっては、もはやビジネスである。
ありがとうを集めることを目的としてはワタミと同じで、ただただ息苦しいだけだ。
自分が思ったことや考えを純粋に発信することで、息苦しいSNSから脱却できる。
ホリエモンのように炎上覚悟でばんばん思いついたことを発信していけばいいと思うし、そうすれば必然的にそれに共感する人が集まってくる。
他者に合わせるのではなく、自分に合うコミュニティを築くのが正しいSNSの使い方なんじゃないだろうか。
SNSは市場の需要に沿って行うビジネスとは異なり、供給側の意思で世界を変えていくことができるツールである。

これを見れば私は今の会社が合わなくて転職したいと考えていたことがわかるし、そもそも会社員というシステムや新卒という文化に疑問を抱いていることがわかる。

そしてその思いは業界全体と自分のような人種との不適合性に原因があると分析することに繋がっている。

こいつクズだなーということも改めてわかる。

こんなこと考えてたのかー。過去の自分に共感だわーとか思ったりもできる。

というわけでSNSは自己分析に便利だし、それ自体が貴重な資産にもなる。
履歴書や面接見るよりSNSの履歴見たほーがひととなりわかるしね。
だからやってないひとははじめて見るといいよってはなし。

The following two tabs change content below.

crelife

北海道生まれの25歳住所不定無職。慶應義塾大学卒業。元広告会社社員。入社7ヶ月で退社。田舎フリーランス養成講座(いなフリ)12期生/ジーズアカデミーdev9期生/太田プロダクションエンタテイメント学院6期生(芸人養成所)/元ガールズバー店員/23歳までに芥川賞取る計画が失敗し就職するも無職へ/社会を新しく築くために生きることを決める。

GUTE-URLS

Wordpress is loading infos from twitter

Please wait for API server guteurls.de to collect data from
twitter.com/crelife21/stat...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です